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カテゴリ:横浜DeNAベイスターズOB・元関係者 > 中村紀洋

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1: 名無しさん@おーぷん 2018/06/16(土)21:06:55 ID:F63

2: 名無しさん@おーぷん 2018/06/16(土)21:07:21 ID:F63
たとえば最新の投稿




3: 名無しさん@おーぷん 2018/06/16(土)21:08:13 ID:F63
14日



4: 名無しさん@おーぷん 2018/06/16(土)21:08:43 ID:F63


5: 名無しさん@おーぷん 2018/06/16(土)21:09:05 ID:F63
その他近鉄戦士や、中日、楽天も気にかけてる模様

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1: 風吹けば名無し 2018/05/20(日) 20:53:14.41 ID:0hZw46kR0
中村紀洋 体罰がなくならないのは指導者の意識の問題

 部活や運動に打ち込んでいた子どもが肉体的、精神的苦痛を感じて自殺に追い込まれたニュースを見ると胸が痛みます。なぜ体罰はなくならないのでしょうか。私は指導者の意識だと思います。野球を教える指導者が、「なぜできないんだ!」と小さな子どもに怒鳴る光景をよく見聞きします。「こんな簡単なこともできないのか」という思いからイライラする感情を制御できないのでしょう。

 ただ、これは根本的におかしな考え方なのです。子どもは「できなくて当たり前」なのです。 できないから一生懸命に練習する。教えられたことを簡単にできる子どももいれば、時間のかかる子どももいる。上達するスピードに個人差があることを指導者は頭に入れなければいけません。

引用元・続きはリンク先にて
http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180518-15


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1: 名無し 2018/01/10(水)09:50:01 ID:Tte
子供たちへ情熱傾ける中村氏、熱い指導論「離れるまでは面倒を見たい」

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 中村氏の豪快なフルスイングは、もう見られないのだろうか。「プロ野球のチームからオファーが届いたら」との問いには即答だった。

「行かない。僕を信用、信頼して来てくれる生徒が1人か2人だとしても、子供たちが離れるまでは面倒を見たい。今は子供たちに、野球選手として一人前になる準備をさせないといけない。これからうまくなれる土台を早く作ってあげて、高校に送り出したい。プロ野球のチームから『戻ってこい』とオファーが来ても、行かないと思う。行ったとしても、その子たちのことが気になるから集中できない。一つのことに集中したいから、今は子供たちのためにどうしたらいいかを考えています」 「生涯現役」を掲げる中村氏は、これからも野球と向き合い続ける。指導の道でもフルスイングの信条を貫きながら。

全文はリンク先にて
https://full-count.jp/2018/01/10/post101635/


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1: 風吹けば名無し 2018/01/07(日) 03:33:41.60 ID:Jsez0RIW0
楽天時代

2010年、序盤は調子が良く、前半はチーム打線が不調に喘いだため交流戦などでは4番を任された。一時は打率3割を記録したが、後半以降は徐々に下降。また、守備でも後半になるにつれ精彩を欠くプレーが目立つようになる。シーズン終盤には走塁中に肉離れを起こして一軍登録を抹消される。10月1日に球団から戦力外通告を受け、退団した。規定打席に到達した日本人選手がその年に戦力外通告を受けるのは極めて稀なケースである。12球団合同トライアウトには参加しなかったが、地元・大阪で自主練習をしながら他球団からのオファーを待つ形となった。2011年2月には徳島インディゴソックスの合同自主トレに参加した[10]。

横浜・DeNA時代
 2011年5月23日、横浜ベイスターズへの入団が発表された[11]。翌24日に球団事務所で入団会見を行った。入団の話は、前日22日に加地隆雄球団社長より電話があったことが明らかにされた[12]。背番号は中日、楽天時代と同じ「99」となった。 6月8日に一軍登録され、同日の楽天戦(Kスタ)に「7番・一塁手」でスタメン出場した。6月18日、横浜スタジアムでの福岡ソフトバンクホークス戦で代打で出場し、杉内俊哉から移籍後初本塁打。この本塁打で同点に追いつき、ターメル・スレッジの本塁打でチームは勝利した。この年は当初は代打要員がメインだったが、対左投手時のスタメンや守備固めでの起用も増えた。10月13日の阪神戦(横浜スタジアム)では、急遽プロ入り初めて二塁手でスタメン出場した。最後まで一軍登録を抹消されることは無く、62試合に出場したものの、打率.209、1本塁打、14打点の成績に終わった。

中村紀洋 - Wikipedia

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