De速

まとめサイト『De速』は横浜DeNAベイスターズの最新情報と速報性の高いプロ野球情報を中心にまとめています。 情報元は主に2chなんでも実況Jがメインですが独自の記事を掲載することもあります。

カテゴリ:横浜DeNAベイスターズ > 加賀繁

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017-05-07 15-11-11-072

1: 風吹けば名無し 2018/09/18(火)09:47:56 ID:B4B
バレ、DeNA加賀引退に惜別 最終対戦で一発“キラー”に抱く特別な思い

 とことん苦しめられた。でも自分を高めてくれた。ヤクルトのウラディミール・バレンティン外野手(34)が最高のライバルへ、惜別のエールを送った。 


  「いつもやられていたよ」というDeNAの加賀繁投手(33)が11日、今季限りでの現役引退を表明した。バレンティン自身が認めるように、とにかく加賀を苦手としていた。12年の初対戦から17年5月まで、実に20打席ノーヒット。あの頃は試合中盤、好機でバレンティンが打席に立てば必ずと言っていいほどマウンドには加賀が上がり、そして封じられ、悔しそうにベンチに帰っていた印象が強い。「腕の位置がかなり下で、タイミングが取れない。そこが一番難しかった」と翻弄され、顔も見たくないほどに抑え込まれていた。

 昨年5月にようやく初安打を放ち、7月には本塁打をマークした。この年は3打数2安打。そして今季は2打数1安打。最後の対戦となった7月17日には、敵地で豪快な一発をスタンドにたたき込んだ。天敵ともいえる相手をようやく攻略し始めていた主砲は「最近の打席ではやっと結果が出るようになって、本当に本当にうれしかったんだ」と目を細めた。

 球場では会えばあいさつを交わす程度で、深い話をしたことはない。それでもどこか、気になっていた。引退をニュースで知ると「ユニホームを脱ぐには早い歳でまだやれるのではという気持ちもあるけど、彼が決めたのだから仕方ない」と敬意を表し「次のステージでの成功を願いたい」と温かい言葉を向けた。

 最後にひとつ、聞いてみた。「もう一度、対戦したいですか?」。バレンティンは豪快に笑いながら首を横に振った。理由は簡単だった。

 「あんなに打てなかったのに、最後に本塁打を打てたんだ。いい結果のまま終わっておきたいから、もう対戦はやめておくよ」

 バレンティンにとって加賀はやはり、力を認める特別な存在だった。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180918-00000078-spnannex-base

続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
DnB4B2_U4AABOoh

1: 名無しさん@おーぷん 2018/09/14(金) 14:05:10.79 ID:zwpwx/2c0

続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
1: 風吹けば名無し 2018/09/10(月) 03:09:19.10 ID:WfSY8Bkj0
【DeNA】後藤武敏が引退…松坂と甲子園春夏連覇&08年西武で日本一 加賀繁も今季限り

20180910-00000043-sph-000-7-view

 DeNA・後藤武敏内野手(38)、加賀繁投手(33)が今季限りで引退することが9日、分かった。

 後藤は16年目の今季、代打で期待されながらここまで1軍出場はなし。38歳はユニホームを脱ぐ覚悟を決め、周囲の関係者に伝えている。後藤は1998年、横浜高の主に3番打者として松坂大輔(現中日)と春夏連覇を達成。法大を経て西武に入団すると、1年目でいきなり開幕4番に抜てきされるなど101試合に出場。長打力を生かし、08年には日本一に貢献した。

 12年にDeNAへ移籍。14年には一、三塁でスタメン出場しながら、代打打率3割8分3厘をマーク。勝負強さに加え明るいキャラクターで「ゴメス」の愛称で愛された。選手からの人望も厚く精神的支柱だった。松坂が日本復帰以降は「1軍での対戦がモチベーション」と闘志を燃やしていた。

 9年目の加賀は主に中継ぎで活躍。12年には61試合に登板し、26ホールドをマーク。バレンティンキラーとしても知られた。今季は8試合に登板し、防御率8・38。加賀はスポーツ報知の取材に「スライダーが年々自分のイメージではなくなってきた。競争に勝てないことは受け入れないと」と決断への理由を説明した。

 球団では2人の実績と貢献度を評価。本拠地最終戦となる22日の中日戦を引退試合として、花道にする方向で調整を進めている。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180910-00000043-sph-base

続きを読む