1: 名無しさん@おーぷん 2014/05/10(土)18:57:41 ID:5ExmJmzPn


         

     

            

経歴

 17歳のときに国内リーグデビュー。2005-2006シーズンには本塁打・打点の二冠王を獲得したほか、当時国内リーグ史上初の20本塁打・20盗塁を達成した。2006-2007シーズンは本塁打数が半減してしまったが、これはこのシーズンから公式戦で使用されるボールが、ミズノ製のものから自国製のもの(いわゆる「飛ばないボール」)へ変更され、リーグ全体の打撃成績が低くなった影響と見られる。

 国際大会では2004年のアテネオリンピックをはじめ、2003年・2005年のワールドカップなどの国際大会でのキューバ代表の優勝に貢献。特に2005年のワールドカップでは8本塁打を記録し、他の選手を圧倒した。第1回WBCには二塁手として出場し、打率.273・出塁率.342・長打率.515の成績で大会ベストナインに選ばれた。

 2006年7月末には「コロンビアで開催されている国際大会に遠征中、エドゥアルド・パレとともに亡命した」とESPNのウェブサイトで報じられヤンキースが獲得に興味との噂が出たが、その後本人が否定した。

 2008年の北京オリンピックの決勝戦では1点ビハインドの9回に1アウト満塁のチャンスで併殺打を打ち、キューバは韓国に敗北、銀メダルに終わった。2012年7月に開催された第26回ハーレムベースボールウィークでは出塁率.500を記録、MVPに選ばれた。

 2013年、第3回WBCでは、オランダとの決勝ラウンド進出決定戦でエラーをするなど、大会打率.280の不振で終えた。チームはオランダに敗れ、決勝ラウンド進出を逃した。

ユリエスキ・グリエル

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